渡辺みちたか(自民党・新宿区議会議員)official blog

新宿のミッチー。新宿区議会議員(自民党)。1985年12月生まれ。「渡辺ミッチー」こと渡辺美智雄・元副総理の孫。慶応義塾高等学校・慶応義塾大学・同大学院卒業。ベンチャー企業勤務、国会議員秘書を経て新宿区議会議員(2期)。区議会会派は自民・参政クラブ。

靖国にいない英霊/『軍旗はためく下に』ネタバレなし・レビュー

「おい、逃げるなよ」、「逃げてねえよ」って会話、したことありますか。

 逃げてないのに逃げたと言われる。とても癪ですよね。ただ不快なだけでなく、これがもし、処罰になる場合、どう思いますか?

 1975年の直木賞受賞作『軍旗はためく下に』は、旧陸軍での逃亡や上官への反抗などの軍規違反で軍法会議にかけられ、刑死した人を描く連作短編集です。

 古今東西、軍隊には厳しい軍法が定められています。「上官の命令は絶対」、「敵を前にして逃亡してはならない」など、戦場という過酷な環境下で統率を維持するために必要な物です。

 ところが戦争も末期になると、軍規違反のなかには、真相はよくわからないまま、あるいはやむを得ない事情で退却して、果ては、「あいつは気に食わない」という事情で、敵前逃亡、命令違反を問われ、即日裁判、即日処刑が行われました。本作ではこうした様子をリアルに描いています。

 そういえば、水木しげるさんの『総員、玉砕せよ』でも、やむを得ず退却してきた兵士たちを上官が、「敵前逃亡だ!」と激怒する姿が描かれていました。

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(文庫版258ページより)

◆靖国にいない英霊たち

 さて、問題は戦後です。名誉の戦死者は、靖国神社に英霊として祀られ、遺族には戦没者遺族年金が支払われました。ところが、軍法で有罪となり刑死した人たちは、不名誉な「犯罪者」であり、これらの対象ではありません。

 同じ戦争犯罪でも、戦後、連合軍の軍事裁判によって裁かれたB級(捕虜虐待など)、C級(非人道的行為)戦犯はサンフランシスコ講和条約以降、名誉回復がなされ、刑死した場合は「法務死」として戦死と同列に扱われたのと決定的な差がついています(B・C級戦犯は靖国神社にも合祀されています)。

 一方、旧軍法による刑死者は戦後、3回の恩赦があり、終戦から25年たった1975年から戦没者遺族年金の対象となりましたが、恩赦は「判決が及ぼす効果がなくなる」という意味にとどまり、有罪判決があったこと自体は変わらず、犯罪者扱いに変わりはありません。靖国神社にも祀られていません(私が調べる限り)。

 ドイツでは2009年に「包括的名誉回復法」が成立し、ナチス時代の軍事裁判での有罪判決をすべて取り消し、軍法での刑死者らの名誉回復がなされました。

 すべての軍法会議の判決が間違っていたとはいいません。が、『軍旗はためく下に』が描くような、やむを得ない事情や、軍の事情で犠牲(いけにえ)が必要だったケース、あるいはもっとひどく、あいつは気に食わないという理由で刑死した人も存在したと思うのです(現在となっては検証不能ですが)。日本でも、靖国神社での合祀を含めて、ドイツのような対応で、彼らの名誉回復をするべきではないでしょうか。

ネタバレなし『みいちゃんと山田さん』レビュー

 話題の『みいちゃんと山田さん』は親の支援がない知的障害(軽度)・特性持ちが生きていく困難さを、よく描いた作品だと思います。

 Xではアニメ化に否定的ですが、私はデメリットよりも、こういう人がいて、こうした生きづらさを抱えている、と世の中に問題提起できる効果の方が高いと感じました。
 いじめてくるヤツは所詮、「みいちゃん」を知っていても、いなくてもバカにしてくるので、アニメ化はあまり関係ありません。

 以下、ネタバレなしでレビューします。

◆夜の繁華街で生きる

 水商売・風俗などを生業として、夜の繁華街で生きていくのは容易ではありません。繁華街は「だまされた方がバカだ」、という弱肉強食の世界です。一見、優しく見える味方や、助けてくれる人だと思っていても、実は裏の思惑があったり、簡単に手のひら返しをされるものです。

 こんな、健常者でも生き延びるのが大変な世界で、主人公のみいちゃんは(作中では具体的には語られませんが)軽度知的障害をもち、本人はなんとか頑張って生活しているつもりでも、売上をちょろまかされたり、お金を巻き上げられたり、周囲からは「いいように使われている」、「食い物にされている」と思われています。(読者もそう感じると思います)

 みいちゃんはキャバクラで働き始めますが、水商売や風俗は一度その世界に入ると、なかなか戻ってこれない仕掛けがあります。

 水・風の仕事は高収入ですが、同時に高支出でもあります。同業づきあいや、美容関係、体力回復の針、マッサージなど、さらに高ストレスでもあるので、ストレス解消やメンタルを保つためのペットや、ブランド品などの高額消費、ホストなどの支出があり、稼ぎほどのお金がなかなか残らないものです。

 また風俗の給料は日払いなので、「明日から貯めればいい」、「私はいつだって稼げる」という心理が働き、貯金しづらくなっています。
 貯金より、その日にたまった高ストレスを、その日中に発散させたくなるのです。宵越しの銭が持たないのは江戸っ子だけではありません。作中では主人公が昼職(パン屋)に転職し、一日苦労して働き、その日の給料をもらえず翌月払いと言われ、衝撃を受けるシーンがありました。

 さて、繁華街でみいちゃんが生き残っていくために使っているのは体です。

 みいちゃんは誰にでも体をすぐに許してしまいます。それどころか、むしろ自分から進んで体を提供します。

 一般の価値観では軽蔑されるふるまいですが、みいちゃんは肉体関係を通じてしか、人とコミュニケーションを取れません。みいちゃんは怒られることが何よりも嫌いですが、これまでの人生で、いじめっ子も、学校の先生も、職場の同僚も、みんな体を差し出しているときは優しくなり、万引きした店の店長も許してくれました。

 このように体を使うことは彼女にとって、ものごとを円滑にするコミュニケーションの唯一の手段で、人間関係構築が究極的に下手なみいちゃんにとって、これこそが彼女の生き残り戦術であり、成功体験でもあるのです。

 昼の世界でこれをすると、「ヤバいヤツ」、「地雷女」と評価されて生きていけませんが、夜の世界では周りに見下されながらも重宝される一面もあり、これもさまざまなバックグラウンドをもった人が集まる、夜の街の「懐の深さ」と言えるかもしれません。

◆こんな自分でも愛してくれる人がいる

 職場では失敗ばかりして、迷惑をかけて、迷惑をかけたことに気づかず、謝ることもしないと、友達も恋人もできません。

 だけど世の中にはこんな人でも優しくしてくれる人がいます。それがホスト(キャバクラ)です。ホストクラブでの恋愛は、とてもむなしいものです。なぜならお金が介在しないと愛してくれないから。でも、逆に考えると、ホスト(キャバクラ)での疑似恋愛はお金以外はなにもいらないし、お金が続く限り、愛も続くのです。単純でわかりやすいインスタントな関係です。

 普通、友達や恋人はいろいろな共通の体験を通じ、信頼を積んで関係が構築されますが、ホストやキャバはそういうめんどくさい部分を、お金というファストパスですっ飛ばすことができます。日常生活で信頼関係を築けない人にとって、こんなにいいことは他にありません。だからハマりやすいのです。
(みいちゃんの「彼氏」はホストではありませんが、関係性はこれと同じです)

 よく「ホス狂は依存症だ」といわれますが、これは親や友人など周囲が心配しているのに、本人が望んでホストに通っているためです。アルコール依存症の当事者が「うるさい、俺が大丈夫って言ってるんだから、大丈夫なんだ!」、「俺の金を俺がつかって何が悪い!」というのと同じで、本人がその破滅の道を突き進むことを望んでいるのです。

 周りはホストに搾取されていると心配しますが、本人は自分の意志でお金を使っている(そしてなりふり構わず稼いでいる)のです。

 私は、かつてホストに通っていた方に話を聞いた時、「あの時は頑張ってたんだよね~」と、嫌な思い出ではなく、昔を懐かしむように語っていたのが印象的でした。

 お金が間にある疑似恋愛の陶酔状態。この状態は決して「幸せ」だとは思いませんが、「不幸」とも言えないのです。当人にしかわからない、言葉に表すことのできない状態だと思います。

 そして、もう1点。みいちゃんは「彼氏」のマオくんにお金を払って愛して(?)もらっていますが、それと同時に、彼女自身が、シゲオくんをはじめ、客からお金をもらって愛を与えている存在でもあります。

 「頂き女子りりちゃん」がおぢから金を巻きあげて、それをホストにつぎ込んでいたように。りりちゃんはホストの前では、自分自身がおぢになって「頂かれて」いたのです。このように繁華街での人間性は一面では語れません。

◆行政の限界

 この物語では行政が登場します。でも、みいちゃんは行政の窓口にたどり着くことができなかったり、そもそも自分が支援が必要な人間であるという自覚がなかったり、行政と繋がるチャンスを拒否したり、結局、行政の支援を受けることができません。みいちゃんは健康保険証すら持っていないのです。

 みいちゃんはよく「(私は)バカじゃないもん!」と言います。行政の支援は、自分は支援が必要な人間だ、と受け入れるところからスタートする限界があります。

 世の中には、自立支援を拒否するホームレスや、「俺のカネをつかって何が悪い」というアルコール依存症、「うちの子は障害者ではない」という障害を持つ子の親など、自分(たち)には支援は必要ないと、手を差し伸べても拒否する人たちがいます。そうなると行政は手のうちようがありません。(行政の実際は、それでも継続的にアプローチし、信頼関係を築いて支援を「受け入れてもらう」ことをしています)

 本作で注目すべきは主人公・みいちゃんの対比する存在で、同程度の障害・特性をもつ同級生のムウちゃんです。彼女は紆余曲折ありながら、行政の支援をうけて作業所に通っています。殺されてしまう(?)みいちゃんと、行政の支援を受けられたムウちゃんとで、いったいなにが違ったのか考えさせられます。

 親、といえばひとことなのですが、みいちゃんの悲惨を加速させているのが親の存在です。

 祖母は行政の支援を受け入れるか迷うシーンがありますが、「世間体」を考え、拒否し、みいちゃんの成人後は100万円の餞別をもたせて東京に厄介払いをしています。

 法律上、未成年の子に対して親権者の権限と責任はとても大きいですが、障害者にとって親は最大の支援者、支えてくれる人であり、みいちゃんはその支援者がいませんでした。こうした場合、行政はどうすべきなんでしょうか。

 2024年4月、「困難を抱える女性支援法」が施行されました。その名の通りの法律なのですが、親もみいちゃんも、「自分は困難を抱えている」と思っていない場合、困難を抱える女性にあたるのでしょうか。

 とまあ、知的障害、毒親、繁華街などさまざまなテーマで考えさせられる作品です。単行本は9月完結ということで、まだ物語が続いています。9月に完結したらまたレビューすると思います。

 この文章の散漫さは、『みいちゃんと山田さん』が私の力ではまとめきれないほどのテーマを扱っている、ということです。おもしろい漫画でした。

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◆(8月2日追記)当事者意識がない、と言われてショックです

「支援を望まない人も包括する仕組みを作るのがあなたの仕事」というブコメに多くの星がついていますが、(議員も行政も)それに苦慮している、というのがこのエントリーと思ってください。

「支援を望まない人を支援する」のはとても難しいことで、つまり、当人の意に反して強制的に、行政が自由や選択肢を奪うことにつながるからです。例えば、精神病院への強制入院(措置入院など)はしばしばトラブルが起こります。

 では、アルコール依存やホスト依存、みいちゃんのように「私はバカじゃない」といっている人を強制的に施設に入所させること、(例が極端なら、カウンセリングをうけさせることなど、に置き換えて考えてください)は支援と言えるでしょうか。これこそ、はてな民が最も嫌いな「政府権力が市民の自由を~」ってやつなんじゃないですか。

 なので、実際の行政はNPOなどに協力をしてもらって、支援の必要性を説き、粘り強くコミュニケーションをとり、信頼関係を作って、支援を「受け入れてもらう」ことをしているのです。

ハッピー商品券の拡充・ポイ捨て禁止条例改正(第二回定例会報告)

 6月10日から今年第二回目の定例会が開催されます。今回は補正予算で物価高騰対策として、区商店街連合会発行のプレミアム付き商品券(ハッピー商品券)の拡充等を行います。

 条例関係では、ポイ捨て禁止条例改正を行い、空き缶やたばこ以外に、飲食のテイクアウトで使われるプラコップや串、割りばしなどもポイ捨て禁止の対象品目とし、犬のふんの持ち帰り(適正処理)が飼い主の義務と位置づけます。
 前者は新大久保や歌舞伎町が念頭にあり、区では「ポイ捨てをしないでください」、「持ち帰るか買った店で捨ててください」という啓発パトロール等を強化します(この補正予算も1千万円ついています)。

◆ハッピー商品券のプレミアム率拡充(1億6千万円)

 物価高騰対策、中東情勢の影響が長引いていることを考慮し、生活支援と同時に地元商業活性化のため、商店街連合会発行のハッピー商品券のプレミアム率を強化します。

 当初1万円で1万2000円の商品券(20%)でしたが、プレミアム率を30%に改め、1万3000円分の商品券にします。1万3000円中、すべての店でつかえる共通券が5000円分、小さいお店(ようは地元の店)で使える応援券が8000円分です。

 自民党会派(自民・参政クラブ)では5月に物価高騰対策の要望をだし、それに区がこたえていただきました。議会では先議案件となっていますので、早々に可決させたいと思います(反対する会派もいないでしょう)。

 なお本事業は当初予算4億6千万円、今回の補正で5億2千万円になりました。

◆ポイ捨て禁止条例改正

 新宿区ではすでにポイ捨て禁止条例がありますが、禁止されている品目が空き缶やたばこ等で、最近繁華街でポイ捨てが目立つ、プラスチックコップや食べ物の包装紙、串、割りばし、弁当容器などが漏れていました。

 実際のポイ捨てについてはこれらの品目もパトロール隊が「捨てないでください」と注意して回っていますが、この際ちゃんと条例で根拠をつくろう、ということです。

 一方で、罰則についてはモヤモヤしています。じつはこの条例、違反した場合「罰金2万円」とされています。ところが、この罰金を取った例は条例制定以来、1件もないのです。というのも、罰金が科されるまでのハードルが高く、警察が捕まえ、送検され、起訴され、有罪判決を受けて初めて確定します。

 ところが、警察は「区が決めたことでしょ」と取り締まらないし、区も「捕まえるのは警察の仕事」といって、その結果、行政が罰金を取る責任を放棄し、罰則に実効性がなくなっています。

 であるならいっそのこと、罰則は撤廃する選択をしてもいいのではないでしょうか。現に、犬のふんは条項が新設されますが、罰則は規定されません。渋谷区では昨年、条例改正をし、罰金を撤廃し、2000円の過料を取る制度に変更しました(そして今、苦労しています)。この辺りの話はまた別のエントリーで書きたいと思います。

 開会する10日まで準備をし、審議に臨みたいと思います。

東京ガス視察(防災性・新庁舎でのコージェネ事例など)

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 本庁舎特別委員会で東京ガスに伺い、庁舎における熱源構成やコージェネレーション事例や、ガス供給の災害対応を拝見したので、以下報告したい。

◆ガスのカーボンニュートラル化

・一般的に、建物のエネルギー消費は照明(約3割)や、空調を中心とした熱源(4割超)が大きい。

・新庁舎を建てる際に、熱源を電気のみで構成するか、ガスと電気で構成するか選択肢がある。

・かつて、家を建てるときにオール電化というのが流行ったが、原発事故で電力供給が絶対ではないことや、電気料金の高騰があり、その後のブームは一段落したことを思い出した。たしかに庁舎のエネルギー構成は多重化したほうがレジリエンシーは高い。

・新庁舎はZEB化も視野に入るが、そうしたときにガスを使うのは逆風ではないかと思って質問したところ、東京ガスでは、ガスのカーボンニュートラル化も進めており、2030年に契約者の1%、2050年では9割を目指しているとのことだった。

・ガス(CH4)は燃えれば(O2が加われば)、CO2と水(H2O)ができる化学式なので確実にCO2は排出されるので、理屈がよくわからなかったのだが、CO2分をクレジットで相殺したり、CO2と水素からメタンをつくる技術(メタネーション)でもって、カーボンニュートラルメタンをつくる研究を進めているとのこと。CO2とカーボンニュートラル水素からガスをつくれば確かにそれはカーボンニュートラルガスだ。

◆庁舎での非常用発電機をつかったコージェネレーション

・次回ヤンマーで詳しく視察する予定の、庁舎でのコージェネ事例についても概要を説明いただいた。

・電気は発電所で作るが、送電時のロス(5%ほど)があるうえ、発電時の排熱を利用できていない。一方で、ガスは供給網でのロスはなく、庁舎に発電機を行えば排熱もできるという理屈を利用する事例。

・具体的には、庁舎に配備する非常用のガス発電機を常時稼働させて電気を作り、排熱も利用するという仕組みで、日常の電気調達と非常時の電源確保を同時に行う仕組みだ。既に長崎市役所や渋谷区役所で導入されている。この考えはとても興味深く、ヤンマーさんの視察で詳しく聞いてみたい。

◆ガス供給の防災性

・都市ガスの供給は、上流では高圧、それぞれの地域までを中圧、家庭やオフィスなどには低圧で運ばれるのは電気と同じで、中圧から低圧にするために、(電気における変圧器に相当する)ガバナがそれぞれの地域に設置されている。このガバナは電気を使わないので停電時でも稼働する。

・ガス管は地震にとても強い。高圧、中圧管は金属製の管でサンプルを見させてもらったが、めちゃくちゃ分厚く、そして重く、いかにも丈夫なものであった。低圧は伸びに強い粘りのあるポリエチレン管で、1980年代から移設が進み、現在約4割ほどがこれに変わっている。新宿では5割ほどがポリエチレン管で、高強度の管を含めて9割くらいが強い管になっている。なお、地中でポリエチレン管は腐食しないので半永久的に使用できるという。

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・最近の役所の庁舎では、(供給が)災害に強い中圧を引き込んでいるケースがある。ちなみに新宿区役所は低圧都市ガスが引き込まれている(中圧を引き込んでも変圧できず利用できるものもない)。

・東日本大震災の際の話を聞く。拠点のある日立市の話。ガスは1週間で復旧させた。大変なご苦労と災害対応体制が整っている話をお聞きした。

小学生が7時30分から学校に入れる「朝の子どもの居場所づくり事業」は非効率

 朝、親が出勤し、自宅にいられなくなった子どもが学校に行く、ところがまだ校門は開いていない。子どもたちが校門前にたむろしているシーンが報道され、大きな話題となりました。

 今年度から新宿区では、区立小学校4校で朝7時30分から子どもたちを受け入れる事業が試験的に始まりました(朝の子どもの居場所づくり事業)。朝出勤する親は安心でしょう。

 ところが、この事業は課題もあります。

◆誰が対応するんだ問題

 ここ10年ほど、教員の働き方改革で、教員の残業時間を厳しくチェックし、校務や部活動などの負担を減らし、本業たる教育に専念させることを推進してきました。教員の始業時刻は8時から8時15分ごろで、始業前に出勤させて、対応させるのは働き方改革と逆行し、また、児童をただ「見守る」のは教員の本業でもありません。なので、教員は対応できません。

 結局、新宿区では外部委託で行っています。事業のために新しく委託するのではなく、すでに学校用務を委託している会社にプラスアルファでお願いしています。

◆委託での非効率

 ところが、外部委託はえらく非効率です。というのも、朝の見守りは朝7時30分から登校時間である8時20分ごろ(登校時間や始業時間は各学校で異なる)の数十分間の事業です。外部に委託する、といっても受託した管理会社は働き手に「この40分だけ出勤してください。終わったら帰ってください」とは言えないし、そんな仕事に人も集まらないでしょう。

 なので対応にあたる人材は、「午前中いっぱい」とか、「朝から昼過ぎまで」といった勤務体系になります。人手不足のいま、朝の数十分の事業のために余分な時間(あえて余分と書きます)を確保した上でお願いしなければなりません。

 事実、今年度の予算では4校での実施に2800万円余りが計上されています。1校当たり約700万円。新宿区立小全校で実施すると2億円以上の予算が必要になります。一部の児童の数十分の見守りのために、委託をするとこれほどお金がかかるのです。

(その一方で、学校は常に「お金がない」と言っており、700万円あったら……と思うでしょう。)

◆もっとユルくできないのか

 「朝、始業時間の前に子どもたちのために門を開けましょう」という話は一昔前であれば、地域のおっちゃんやPTAが対応するような話です。この事業に、行政が1校あたり年間700万円かけるのは、果たしてそれほどのものなのかと疑問があります。もう少しユルく、効率的にできないものでしょうか。

 一方で、行政の考えていることもわかります。PTAに「やってくれ」とも言えないし、数十分といえど児童を預かる責任があり、ボランティアではなく仕事として責任を全うできる人(会社)にお願いしたい。
 辺野古のボート転覆や、部活遠征のバス事故で、子どもに万一の事故があったときの責任を問う向きも一層厳しくなっています。なにか事故が起こったとき、学校は少しの落ち度も許されないのです。

 ちなみにこの朝の居場所事業、児童は7時30分から学校に入れますが、校庭では遊べません。なぜかといえば、「怪我や事故のリスク回避」のため図書室等で過ごす運用がされているのです。遊びたい子どもには遊ばせたっていいじゃん……と考えるのは甘いのでしょうか?

 朝、校門を開けて、数十分間、大人が見守って、というのはそんなに難しいことなのでしょうか。ボランティア(あるいは費用弁償程度の有償ボランティア)でできそうな感じしませんか。例えば、同じような作業が発生する土日の学校開放はPTAがやってくれています。(だからといってすぐにPTAにやらせろ、とは言ってません。意見聴取はするべきですが。)

 学校現場では「責任」先行でガチガチになって、コストが重くなりすぎているように思います。もう少しユルくできないのでしょうか。

◆朝の居場所づくりは産業政策?

 この政策で違和感があるのは、子どものため、という視点がまるでないのです。子どものために門を開けるのであれば、校庭でも遊ばせるべきです。

 これは子どもの福祉政策だ、として朝ごはんの提供をしている自治体もあるようです*1

 行政が、早朝に校門を開ける政策、これはありていに言えば、親の就労支援政策でしょう。この産業政策に対して、本来子どもの教育のためにある教育費を多額につぎ込むことは、教育費としてケレン味が多分にあります。それならばもっと効率性を大切にするべきです。教育費は、教育のことに使うのが筋だと思いますが、皆さんはどう考えますか。

*1:私は朝ごはんの提供には現時点で賛成できませんが